カテゴリ:前会長のひとこと( 6 )

JIPA2012全国大会in北海道

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by cipa21 | 2013-02-20 13:47 | 前会長のひとこと

ヴェネチアの夕暮れ

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by cipa21 | 2012-10-08 23:37 | 前会長のひとこと

最後のカメラ

最後のカメラ  日高卓三

 いつものように近くの喫茶店に立ち寄って、パッケージを開けました。何回となく下見をし、使い方のイメージをふくらませたカメラなのですが、封を切って手にすると、なんとなく新品の香りがするようで、うれしくなる一瞬です。隣の見知らぬオジサンが話しかけてくれました。「望遠レンズのようですが、何ミリですか」カメラ好きな方のようです。「24ミリの広角から1000ミリまでのズームレンズなのです」「手ぶれ防止は付いているのですか」「もちろんです」「高いのでしょうね」
「いえ。一眼レフではなく、コンパクトカメラですから」と言って、Nikon P510を手渡そうとしたのですが、手を横に振って、遠慮されました。一年半前に買ったNikonのコンパクトカメラP300は200グラムと軽く、広角の24ミリから100ミリまでのズームレンズが付いていて旅行の友として重宝しました。レンズはF1.8と明るく、室内でも夜の街路でもフラッシュなしでも写りが良く、動きの速いスナップ写真を撮るのにはもってこいのカメラでした。これに16GBのメモリーカードを差し込んでおけば、1カ月の撮影旅行でもOKです。
もしかりに1眼レフのカメラに10倍のズームレンズを付けると重さは1550グラムぐらいになります。2週間もの旅行になると、その重さは次第に手首から体全体にまで及ぶ負担になっていきます。
写真の微妙な出来栄え、特に色調の変化、ボケ具合、深みとか奥行き感などを無視し、記録道具として見れば、このコンパクトカメラで十分な気になってきます。一度、机ぐらいの高さから落としてボディーにへこみを作っているのですが、働きに支障はありません。ボディーをたたけば樹脂製の軽い音がして長い愛着に応える丈夫さと格調には欠けるところがあるかもしれませんが、ひょっとしたら、これが私にとって最後のカメラになるかもしれないという予感がありました。
しかし、たまにサッカーを見に行って、サンフレの選手が走り回る姿とか、広島男子マラソンなどで白バイに先導されて走り来る選手達をみていると、400か600ミリぐらいの望遠レンズがあれば新しい写真が撮れるのではないか。自分の知らない写真の世界が開けるのではないかと思うこともありました。そんな時に目に付いたのが冒頭に上げましたNikon P510のカメラです。重量も550グラムと適当だし、ズームレンズは24ミリから1000ミリと至れり尽くせりです。値段も手頃だしと、これぞ最後のカメラと意気込んで買ったのでした。その取説を読んで気がついたのは、よくもまあNikonはカメラマン諸氏の要望をこの小さなコンパクトカメラにこんなにも多く盛り込んだものだという驚きでした。考えられるあらゆるカメラの機能が入っているようです。あとはカメラマンの腕次第ということです。私はこれまでカルティエ•ブレッソンのスナップ写真に憧れて写真を撮ってきました。この年になって、新境地へ入る可能性があるのだろうか。こんな思いを込めてP510を買ってみました。
ズームレンズがまだ発明されてない頃の古い話ですが、「写真は標準レンズで始まって標準レンズで終わる」と言われていました。誰でも標準レンズ付きのカメラを買って、写真を撮り始めます。それから好奇心につれられて広角レンズとか望遠レンズを買って新境地を開拓していこうとします。でも落ち着く所、自分が表現したいと思う世界観とはなんのことはない標準レンズで撮った写真であると。言い換えれば一番表現力のあるレンズを標準レンズに決めたということでしょうか。
 概して言いますと、広角レンズは「臨場感」、「材質感」、「距離感」などを表現するのに向いています。望遠レンズは「抽象化」、「多様化」、「空虚化」などを表現するのに向いているのではと思っています。「芸術は虚と実のはざまにある」と言われたりしますが、ズームレンズはまさに虚(望遠)と実(広角)の間を行き来しながらある表現を模索しているのではないかと連想することがあります。
 約50年の間に手に入れたカメラを列記すると次の様になりました。フィルム時代のカメラが9台、デジタルカメラが6台です。コレクターではないのでそんなに多くはないと思っています。

フィルムカメラの経歴
1.ライカ A型:35ミリフィルムカメラの元祖。ドイツ製
2.ペンタックスSP:露出計内蔵の一眼レフカメラ
3.ミノルタ XD :機械式一眼レフカメラの最小花形機
4.マミヤプレス 6×9:ブローニーフィルム用カメラ
5.ハッセルブラッド 500C:ブローニーフィルム用スウエーデン製カメラ
6.オリンパス XA:スライド式レンズバリアー付きコンパクトカメラ 
7.コンタックス T2:ズイコーレンズ付きコンパクトカメラ
8.ポラロイド SX70:電池付きフィルムパック装填式インスタントカメラ
9.ミノルタ α5700i:樹脂材による軽量化、電池式全自動一眼レフカメラ

デジタルカメラの経歴
1.ソニーサイバーショット 30万画素:ソニーの初代デジカメ
2.ソニーサイバーショット 210万画素:二代目
3.ソニーサイバーショット 400万画素:電池、メモリーカードも実用的容量となる
4.Nikon D200:一眼レフ800万画素
5.Nikon P300:コンパクトデジカメ1200万画素 24〜100ミリズームレンズ付き
6.Nikon P510:コンパクトデジカメ1600万画素 24〜1000ミリズームレンズ付き
 
こんなことを思いながらP510を試写していると新しいニュースが飛び込んできました。Nikon D600が9月末に発売されるということです。フルサイズのデジタル一眼レフカメラです。最小、最軽量、高精細で高画質を目指したカメラで、写真の質を問うとこれに勝るものはないかもしれません。人にも伝えているのですが、子供達が貰って喜ぶのはカメラなどのコレクションではなく、預金通帳とそのパスワードなんですと。でも止められませんね。本当に悩ましい限りです。
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by cipa21 | 2012-10-08 23:11 | 前会長のひとこと

シャルトル大聖堂

 ある日、広島空港発お手軽フランス旅行の中に「シャルトル」の名前を発見。「磯崎新の建築談義」全12巻の第6巻目であるゴシック建築の代表として上げられている「シャルトル大聖堂」のことである。旅程を読んでみると、世界遺産のモン・サン・ミッシェルも見られるし、パリ市内の自由時間も組込まれている。ただし中国東方航空便なので、往き帰りが上海経由となっている。でもこれは願ったり叶ったりかもしれない。急激な開発が驀進する旬の上海を観光出来るというのは。日頃、私が愛用しているグーグルアースの空中散歩を傍目から毛嫌いしている奥さんも観光旅行となると大賛成である。さっそく申込み、代金も振込んだのになかなか資料が送ってこない。出発前1週間を切って、やっとそれが送られて来た。最小催行人数を新婚さんの2組を含めてやっと1名オーバーしたのだという。広島空港のテリトリーはかくも小さいものだと、あらためて恐れ入りました。
 ゴシック建築とは何か。ロマネスクとかルネッサンス建築は何となく馴染みやすく好感が持てるのですが、ゴシックとかイスラム、ビザンチンは違う世界の建築として敬遠してきたきらいがあります。ゴシック建築は12世紀の中頃、フランスで発達。そして前代のロマネスク建築をいくらか上回る範囲のヨーロッパ地域に広がり4世紀にわたって栄えた。ゴシック大聖堂の奇跡に近い構造は、重力に抗してものを建てようとする人間の絶え間ない努力の結果として成し遂げられた。なぜこのような要望がおこったのか。中世の宗教の力でしょうか。ゴシックの行き過ぎた垂直性を嫌い、また飛梁、控え壁をとりわけおぞましく感じる人もいる。足場がまだ現地に取り残されているように見えて、不安定で醜悪であると。けれども教会堂を建てた人々は飛梁、控え壁を恥とは考えなかったはずだし、それらを大聖堂の周りで勤務中の巨大な衛兵たちと見なした。





b0071291_16231140.jpg 1983年頃発行された「建築行脚6凍れる音楽 シャルトル大聖堂」に掲載された「南東の塔」の写真。よく見ると、建築家の磯崎新(左側)と写真家の篠山紀信(右側)の姿がさりげなく挿入されている。撮影者は助手のカメラマンか? 町並みがはるか眼下に望まれる。逆に見れば、巡礼者達はこの大聖堂をはるかかなたから仰ぎ見ることができた。学問で知られるこの地に、シャルトルの偉大な師の教えを求めて学生達が集り、真実と美、時と永遠性に静かに耳を傾けた。







b0071291_1626535.jpg 建築作品としてのシャルトルは、同時期に建てられたランス、アミアンなどの大聖堂には及ばない。しかしシャルトルには、それらのいずれよりも優れた彫刻やずっとすばらしいステンドグラスがある。ゴシック芸術の総合体として見ると、シャルトルは群を抜いている。人間の創った最も美しい芸術品の一つといってよい。ラテンクロスの平面になったロマネスク様式の大聖堂が創られたのは1028年頃である。この大聖堂は西、北、南の各面に、すべて3扉口を持っている。扉口に飾られた石灰石彫刻群の中にはフランス美術の最高傑作とされるものがいくつか含まれている。また176の窓があり、それらの大部分は13世紀以来のもので、今なお中世のガラスをとどめている。ヴィクトリア期の美術評論家ジョン・ラスキンが「燃え上がる宝石群」と呼んだステンドグラス群がここにある。











b0071291_16274263.jpg<西正面>
 左の華麗な北尖頂屋根、後期ゴシックで1507年頃付加。高さは115m。右の南塔は12世紀、初期ゴシックのもの。美しくすっきりした八角錐の尖頂屋根を持つ。高さは106m。左右で時代、様式、高さがちがうというゴシック建築の特質、オープンシステムの良さが表れている。
 13世紀頃のシャルトルはまた重要な商業の中心地としても栄えた。そこで商人組合はこの大聖堂のために42の窓を献納した。政治、宗教は勿論の事、商業にまつわる当時の日常生活などの様子をステンドグラスの絵柄によって窺い知る事が出来る。現地ガイドの日本人からそれらの多くを興味深く解説して貰った。彼はシャルトルに住み、十数年解説しているが、尽きない魅力があるとのことでした。











b0071291_1632695.jpg<南玄関>
 1210年∼1225年頃の建設。眼を見張る彫刻群が配され、三連の覆いかぶさるように深い扉口をもつ。両側に計画された双塔は未完である。バラ窓と五連のランセット窓。内側から見ると華麗なステンドグラスも外観では石造に類似したくすんだ配色の窓ガラスにしか見えない。






b0071291_16324459.jpg<北立面>
 身廊の大アーケード上方に、側廊屋根裏を隠すギャラリーとしてトリフォリウムをつくり、対になったランセット窓と小バラ窓がついた。3段になった飛梁と巨大な控え壁によって壁面を解放し、ステンドグラスを多用することが可能となった。






b0071291_16332348.jpg<北玄関/フランス王家のバラ窓>
 中央に聖母が幼児を抱く。放射する花弁には、精霊をあらわす鳩と天使。大聖堂のステンドグラスは20世紀の二度の世界大戦の時、取り外され他所に保管されたので無傷のままであったといわれている。その方法を聞き漏らしたが、雨仕舞いに関わるものだけに、その苦労の大きさが偲ばれる。
 



 1757年に起工されたパリのパンテオンは新古典主義の建築家ジャック・ジェルマン・スフロの設計です。彼はゴシックの研究をして、柱をぎりぎりに細くし、壁もはずして外からの光を入れようとした。しかしやりすぎて全体の構造が危なくなり、壁をあわてて追加したそうです。
 19世紀になると、ヨーロッパの各国でゴシック・リバイバルが起きました。そしていろいろなゴシック論が出て来ます。イギリスではジョン・ラスキンやピュージンに代表される倫理的な解釈。フランスではヴィオレ・ル・デュクの合理的な解釈。ドイツではW・ヴォリンガーやカール・フリードリヒ・シンケルらの民族性に訴えるものなどがありました。いずれも建築そのものの分析というよりも、強いイデオロギーを反映したゴシック論ですが、次の時代の近代建築へと続く考え方を先取りしたものとして評価されています。
 かくのごとく、ゴシック建築の精神は「パリのポンピドーセンター」のような「ハイテク建築」として姿を変え、現代にも生きているというのが「磯崎新の建築談義」第6巻での貴重なひとことでした。そして篠山紀信のカメラワークにも今更ながら驚嘆するものを感じたお手軽フランス旅行となりました。今回、カメラ(Nikon-N200)とディスク(3G-1000枚用)を携帯したのですが、結果的には500枚ぐらいしか撮れませんでした。篠山さんは1日当り500枚ぐらい撮影すると聞きました。桁違いとまではいきませんが、さすがプロですね。

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by cipa21 | 2008-01-31 16:37 | 前会長のひとこと

JIPA 西日本全国大会にて

4時間のドライブ............。
 「ざうお」で、あの時、どんな事を喋ったのでしょうか。夕陽の美しい海辺に面した活魚茶屋。全室全席オーシャンビューの交流会場でした。
 鹿児島から差入れられた特上の焼酎をあおった後で、何が頭に残っていたのでしょうか。それに、大座敷に集った多くの眼力に拮抗して、立ち上がった口元から出た言葉は自然と上ずっていたことを覚えています。
 4時間余りかかって、広島から車で駆けつけました。急ぎの昼食を駅前のソバ屋で。でもなぜか違和感。4時間もかけて食べに来るほどでもないなあと、軽いジョークも飛び出した。

 それから地下鉄に乗ってアクロスへ。アクロスの緑はとても立派。竣工時はツツジぐらいの灌木も今は風にたなびく中木に。まるで段状の森となっている。地下駐車場の上の芝広場とともに、そのエコロジカルな革新的実験は成功裏に、博多の名所となって賑わっている。この段状の森からの木漏れ日に照らされたセンターホールに面した円形小劇場(定員は約100名)が九州大会のメイン会場。
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 大会の進行は実に心の籠った小粋なものでした。記念講演の講師は鉄道車両デザイナーの水戸岡鋭治氏。この人選も九州らしさにあふれ、かつ時流にあった素晴らしいものでした。JR九州の新しい鉄道車両の魅力と水戸岡鋭治氏の評価については各方面から度々聞いていました。その水戸岡氏によるデザインの真髄と実現プロセスの生々しい経過をつぶさにお聞きすることができました。

 まさに4時間かけても余りある大きな収穫でした。サイン入りの自著<ボクは「つばめ」のデザイナー>も参加者全員がいただきました。この本は小中学生を対象にルビ付きで書かれています。デザインの知恵を次世代に引継ぐことを考慮した姿勢には恐れ入った次第です。
 ここに改めて、九州大会主催者のご苦労に対する感謝の念を表したいと思います。
20 JUL. 2007   CIPA 会長  日高卓三
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by cipa21 | 2007-07-20 15:38 | 前会長のひとこと

サテライト

 家具デザイナーのチャールズ・イームズが製作した映像で、「パワー・オブ・テン(10の累乗)」というのがありました。芝生の上でピクニックをするカップルの映像が10の累乗の倍率でズームアウトして空中へ、サテライト(人工衛星)へ、そして宇宙からの映像まで遠ざかって行く。次に映像はズームインして宇宙から地球へ、アメリカへ、シカゴへ、芝生の上のカップルへ、続いて男の手の中の原子核まで潜って行く。
 この映像は建築家のエリエール・サーリネンから学んだこと(常にひとつ小さいところから、また、ひとつ大きい見地から物事や問題を見つめることがデザインの真髄である)を表現したものだと云われている。
 私は最近、これに似た体験を楽しんでいます。すでにご存知かもしれませんが、それは「google earth」というネットのサイトです。これに入ると、まず宇宙に浮かんだ地球が表れます。次にマウスを操作して、例えばギリシャのアクロポリスを指示すると、地球は回転し始め、北アメリカからヨーロッパへ飛び、ギリシャを目指してズームアップし、アクロポリスの丘のサテライト写真が出て来ます。拡大ボタンを押し続けると、パルテノン神殿の列柱とその影までが識別できるようになります。主要な都市ならば、車の一台の大きさ、人影らしきものも識別可能です。軍事用のサテライトでは兵士の肩章が識別出来る性能があるとか云われているようです。
 かってジャンボ機の丸窓に顔をすり寄せて、下界の地理、景観をめずらしそうに眺めていた頃が遠い昔の出来事のように感じさせてくれるようなサイトです。我が家からニューヨークの五番街まで20秒足らずで飛ぶ事が出来ます。しかもこの都市では、3Dの立体映像によって超高層ビル群を視点を変えながら見る事も出来ます。
 朝の散歩で、世界の都市を巡ることも容易です。またこのサイトは道路情報も重ね表示が出来るので、グラスゴーにあるマッキントッシュの出世作「グラスゴー・アート・スクール」も立面図に表示されているRENFREW ST.とDALHOUSIE ST.という道路表示を頼りにその敷地を特定することが出来ました。またイリノイ州のオーク・パークに飛んで、フランク・ロイド・ライトの自宅兼スタジオを拠点として、初期の住宅群の施行監理とユニティ教会への礼拝を追体験することも可能です。またイタリアのフィレンツェにあるブルネレスキ作ドゥオーモとミケランジェロ作サン・ロレンツォ教会との近接な位置関係とかこの街の高密度な文化遺産を実感することも容易です。このサイトはネットらしいさまざまな使い方の可能性を秘めていると思います。21世紀の映像文化革命の第一歩になるかもしれません。
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チャールズとレイ・イームズ
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パワーズ・オブ・テン
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フィレンツェのドゥオーモとサン・ロレンツォ教会

 私がこのサイトでバーチャルな旅行を楽しんでいると、奥さんがとても不安そうな顔つきで覗き込んでいます。彼女はこのサイトを海外旅行の敵としてとても憎んでいることを付け加えておきます。  8 April 2006 日高卓三
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by cipa21 | 2006-04-08 18:49 | 前会長のひとこと